8時過ぎにベッドに入ったが、なかなか寝付けない。そう、明日の早朝に九州へ旅立つ。大分といえば、御手洗前会長のご出身地でもある。小学2年の夏の日、一家で始めて帰省した日のことを思い出す。あの日も、同じように夜中に走った。真夜中の高速道を、横柄な態度のトレーラーたちがビュンビュン追い越していく。昔から動くものには興味があった。車から見る高速道の風景はいつも飽きないと感じていた。同じような何の変哲もない一本道のはずなのに、それが妙に落ち着くのだ。動く車の中で、運転手以外は一点をただ注視する拘束から常に解放されているから、飽きないのだ。
 例えば、電車でも飛行機でもそういうことが言える。余所見していても、唯一誰からも文句一つ言われない開放感…。
船に乗る人には2種類の人がいるとされる。一人は目的地までの風景を楽しむ人、もう一人は風景など目もくれず、ただじっと目的地に到着するまで、読書に耽る人。前者は感情的性質が発達していて、後者は理知的性質が発達している。男性と女性の違いと言ってもいい。でも、人間なら時には詩的な、感情的な世界に浸りたいものだ。窮地にある時こそ、日常からのちょっとした逃避という意味で、反対の状態をつねに望む生き物なのだと思う。それが、車のなかで見る飽きない風景の移り変わりであったり、拘束から逃れたある種の開放感であったりする。