この4日間、大分の祖母の葬儀があったりと、いろいろ忙しかった。田舎の葬式で気づいたことと言えば、長いことだ。いや、そうではなくて、都会の冠婚葬祭が簡素化したのだ、とも考えられる。戒名やお墓などいらない人も増えている。なんと罰当たりなことか。これでは仏がうかばれないと思ってしまうのは俺だけか。
 それと比べて、田舎では村が一体となって、スポンサーのようなかたちで行うため、長いものになってしまう。食事にしても、みんなで一緒に食べればいいじゃないか、と思った。部落から集まった人々、葬儀屋など全員を家に招待する。しかも、食事のあとも、お経を唱えるのだ。そんな風習は都会にはない。都会なら、葬式が済んで、お膳を食べれば、後は三々五々帰っていく。とにかく、一人の人を送り出すのに、多大なコストをかける。お金だけではなく、目に見えない費用だ。そういう田舎と都会の生活観の違いが、はっきり理解できた。
 いとこ達とも再会した。自分はいとこ達のなかで一番年下だ。もうひとり同年の子がいる。当然みんな働いていて、学生なのは一人だけだった。短い間だったけど、いろいろ情報交換した。でも、もうめったに全員が会うようなことはないだろう。特にそれぞれが家庭を持つと、余計に保守的になるから。。